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エッセイ

天職こそ成功への最短距離(2)

自分の天職を尊重するということは、全身全霊をかけてのことでなければなりません。多くの人は、自分の魂や天職とは関係ない理由で仕事を選んでいます。

ある種の仕事に魔法のような魅力があると考える人もいます。たとえば、1960年代には社会学者は最高の職業でした。1980年代になると、今度は心理学者です。1990年代になると、広告の仕事がもてはやされました。

私たちは社会的に評価されているかどうかで仕事を選ぶのではなく、自分の魂の声に従って仕事を選ぶべきなのです。

魔法のような魅力がある仕事にも、数え切れないほどの忌々しい作業があることが分かると、フラストレーションが募ってきます。そうした作業も、その仕事に対する本物の使命感があれば、楽しみながらこなすことができるのです。

どんなに適性がある仕事を選んでも、面倒な作業はあります。しかし、自分に与えられた使命に対する愛と敬意、そして自分の能力に対する信頼があれば、きっと成し遂げられるはずです。

どのような職業を選んでも、バナナの皮のようなくだらない仕事がありますが、それも仕事のうち。その職業のつまらない点も楽しむことを学ばなければなりません。自分の適性に従って上手に職業を選べば、バナナの皮だってバナナの実と同じように味わい深いのです。

家族の夢をかなえるためにキャリアを選ぶ人もいます。例えば、若い頃、医学を志ながらその夢を諦めた父親が、息子や娘にいくら費用がかかろうが、その道を進んで欲しいと思っているかもしれません。あるいは、成功している実業家の父親が息子に対し、たとえ経営の素質や能力がなくても、その事業をさらに発展させてほしいと思っているかもしれません。

似たような話はいくらでもあります。そして、実際に何が起こっているのか誰も分からないまま争いが起こります。父親は息子の怠惰を嘆き、息子は度重なる命令で自分の天職は父が望むようにすることだと思うようになるのです。父親の幸福を追求するほどに、息子は仕事において、また究極的には人間として、フラストレーションをどんどん募らせていきます。親の仕事を手伝っているときはちゃらんぽらんなのに、他の会社に移ったとたん態度が180度変わるような若者がどれだけいることか。

このようなケースでは、父親と息子の間に率直な会話があればずっと違ったことでしょう。天職とは、誰かに譲ることのできないものです。一人ひとり、自分の歩く道があります。我々はただ、自分の天職を尊敬するように、他者の天職を尊敬するだけです。

経済的な理由で、収入を意識して職業を選ぶ人もいます。しかし、情熱を感じない職業を選ぶことは、お金持ちと愛のない結婚をするのに似ています。一方、問題から逃げるために職業を選ぶ人もいます。新しくビジネスを立ち上げる理由が、上司はもういらないという理由だったりします。しかし、起業するということは、顧客一人ひとりが上司になることなのです。

仕事に追いまくられている途中で立ち止まり、自分の天職とは何かについて考えることは、あなたが何歳であれ非常に大切なことです。多くの人が、間違った方向に進んでいることに気づくのが怖くて、考えることから逃げています。根本的な変革には努力が必要です。しかし、自分の心が指し示す方向へと船を向けることは、やりたくない仕事を毎日だらだら続けるよりはずっとましなはずです。

自分の天職を尊重するということは、全身全霊をかけてのことでなければなりません。そうすれば、全てがうまく回るはずです。